家系図探訪人

家系図や、養子縁組に興味を持っています。史料としては主に新訂寛政重修諸家譜を用います。Twitter:@rekishi290

平島公方足利家系図について

将軍足利義澄の子で、義晴の庶兄である義維(義冬)を家祖とするのが平島公方

 

義澄と義稙による将軍職を巡る争いを引き継ぐ形で、義晴と義維は争い、それは子の義輝と義栄にも引き継がれていきますが、細かい歴史的経緯に関しては他に詳しい記事も多くあるので割愛します。

 

先日、徳島県阿南市那賀川町阿南市立阿波公方・民俗資料館に行ってきたので、そこでの展示やパンフレットを基に系図を製作しました。Wikipediaに載っている情報とは少し異なる点もありますが、資料館での情報を尊重しておきます。

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気になった点は、足利義昭の弟の周暠に子孫の存在が記されていたことでしょうか。周暠は出家しており、永禄の変で18歳で死去していますが、その周暠の孫とされるのが、足利義種の妻と、結城朝能らです。結城朝能は、ディオゴ結城として知られており、義種にキリスト教を説いたとされています。ディオゴ結城は最後は殉教し、2008年に列福しています。

 

もう1点気になったのは、婚姻関係です。公家の持明院家や桜井家や水無瀬家から妻を迎えたり、娘を嫁がせたりしています。例えば、義辰の娘は公家の桜井兼供に嫁いでおり、その娘は江戸大奥老女の松島とされています。

 

 さて、足利尊氏の男系子孫は、平島公方の他に喜連川氏、宮原氏、蔭山氏がいます(厳密には他家から養子を迎えていますが)。

 蔭山氏については以下の記事を書きましたので、読んでください。

  足利持氏子孫の蔭山氏について - 家系図探訪人

 

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